1.はじめに
今年も勝田マラソンを走った。30km以降失速してしまった。大寒波襲来で寒かったことを言い訳にさせていただく。
レース中の気象状況
気温 4℃
湿度 30%
北北西又は北西の風 4m/s

2.前日観光
2026年1月24日(土)、9:45品川駅発ひたち7号に乗車し11:10に勝田駅着。勝田駅のコインロッカーに荷物を預け茨城交通のバスに乗り国営ひたち海浜公園西口で降り入園する。67歳の私は入園料210円だ。公園は広々としていてシーズンオフなので客もまばらだった。
記念の森レストハウスの近くまでいくとチューリップが咲いている。通常のチューリップは4月~5月に開花するが、このアイスチューリップは球根を特殊な方法で冷蔵保存して開花時期を調整することにより、冬に花を咲かせるとのことだ。こうでもしないとこの季節に何の見どころもない公園になってしまうのだろう。
見晴らしの里に来ると、ロウバイが咲いている。1月下旬なので花はほとんど咲いていない中で、黄色いロウバイは目を引く。花に近づきファインダー越しにいろいろな角度から花を眺め、ここだというアングルで撮影する。
見晴らしの里のそばには古民家が何棟かあり、この写真の旧土肥家住宅の主屋は西暦1600年代半ば頃に建てられたと考えられ、東日本では最も古い民家のひとつとのことだ。土間には「かまど」がある。私が幼少のころに住んでいた自宅は東京23区内にあるのだが、そこには土間があり、「かまど」でご飯を炊いていた。
ネモフィラで有名なみはらしの丘は、この季節は全面シートが貼られていて撮影したくなる絵がない。そのため丘にある鐘を、空と海の青みを出すためCPフィルターを装着して撮影した。
遠くからは観覧車しか見えていなかったが、近くまで歩いてくるといろいろな遊園施設が現れた。でもこの季節だからと思うが、閑散としている。
遊園施設群を通り過ぎさらに結構な距離を歩き、ようやくお目当てのグラスハウスに到着する。ここでピラフとスープの昼食にした。食事料金に景色代も含まれているのかなという感じだったが、フルマラソンの前日はとにかく食べておくことが大切である。
遅い昼食を終えそろそろホテルに向かおうかと思ったところで、ひたちなか港からNYK(日本郵船)のPCC(自動車運搬船)が出港し近づいて来た。アイスチューリップの前に来るのを待ち、写真を撮る。
このあと国営ひたち海浜公園の南口まで歩く。バスの時刻を見ると40分ぐらい先で、時間をつぶせるような場所もないので、西口まで歩きバスで勝田駅に戻った。勝田駅では電車の発車時刻直前で走って改札を通ったあとでコインロッカーに荷物を預けていたことを思い出し、慌てて有人改札から出る。次の電車までは時間があり、売店でお土産を買う。電車で水戸駅まで移動し、駅構内の吉野家で牛丼の特盛を食べ、さらに食べ物を買い込んで、東横イン水戸駅南口にチェックインした。その後は外出せず、明日のレースに備えた。
3.勝田マラソン
3.1 スタートまで

朝食後ホテルの外に出て軽く走る。ちょうど朝日が昇ろうとして東の空の雲が光り輝いている。いつもの癖でスマホで写真を撮り、急いでホテルの自室に戻りカメラを持ってもう一度ホテルの玄関から外にでる。このわずかな間に日の出してしまいドンピシャのタイミングで写真は撮れなかった。こんなことができるのも、勝田マラソンのスタートが10時30分のおかげで、朝はゆっくりできる。
気温は氷点下の感じだが無風なのである。天気予報は西の風8mで走るにはとんでもない強風なのだが、風は吹いていない。これから風が出てくるにしても、少しでも弱いことを祈る。膝やハムストリングスは昨年よりはましな感じだ。
今回の目標は、
松:サブ4
竹:4時間6分8秒(仲間に宣言した目標タイムでキロ5分50秒ペース)
梅:4時間9分22秒(昨年のタイム)
蕾:完走
である。蕾(つぼみ)は私が名付けたもので、梅以下の最低限の目標である。完走できればフルマラソン完走80回となるので、失速してどんなに遅くなってもゴールだけはしようと思っているわけだ。ガーミンの予測タイムは3時間57分11秒。サブ4は不可能な目標ではない。
水戸駅から勝田駅まで電車で移動し歩いて会場へ向かう。少しづつ風が出てきた。なにより寒い。歩きながら群馬マラソンで購入したシクラメンの「青空」と「ありったけのエール」を聴く。「ありったけのエール」は群馬マラソンの公式テーマソングで、歌詞の一節を紹介すると、
いつも走り続けるあなたのため
すべて懸けてありったけのエール
負けないで足を止めないで
最後まで奏でるから
とこんな感じで、ストレートなメッセージである。普段はクラシック音楽を中心に聴いているが、マラソンの直前はこのような歌がよく似合う。
会場に着きLINEのグループチャットを参照して私が所属する「多摩川クラブ」の陣地を探す。LINEに陣地の写真がアップされているが見つからない。そのとき後ろから「バリーさん」と呼ぶ声がする。陣地は通り過ぎてしまっていたので引き返し、多摩川クラブの皆さんにご挨拶する。
次にこちらも私が所属する「つじかぜAC」の陣地があるひたちなか市民会館へ進む。会館の中は暖かく、ここに陣地を用意してくれるつじかぜACの皆さんには頭が下がる。中は非常に混雑していて、陣地がどこだかわからない。そのとき後ろから「バリーさん」と私のハンドルネームを呼ぶ声がする。振り返って目を合わせる。知っている人だが、だれだか思い出せない。私がわからないでいることを彼女は察する。 「バリーさん、A子です。大田原や柴又で一緒に走ったA子です。」
あっ、そうかと思い出す。
「すみませんが、マスクを外してもらえますか」
と頼み、
「Aちゃん、久しぶり。」
と、いかにもマスクでわからなかったようなふりをして挨拶する。
彼女は応援に来ただけで、自身は走らないのだそうだ。そうしているうちにつじかぜACの陣地を見つけ準備に入る。古くからの多摩川クラブメンバーであればAちゃんを知らない人はいないが、つじかぜACの人で唯一わかりそうなのは以前は多摩川クラブに所属していたNさんだけだ。
「NさんはAちゃん知ってますよね。今そこで会いました。」
とAちゃんの方を指さす。二人は再会を喜んでいた。

A子さんとは2017年の大田原マラソンで、途中で私がついていけなくなるまで一緒に走った思い出がある。カメラマンの前にくるとポーズしていた彼女の姿を思い出す。柴又では私が陸連登録で先にスタートしたが、50km過ぎたあたりで追い越されあっという間に彼女が先に行ってしまったこともあった。つじかぜ応援団の人にスマホを渡し会館の前でツーショットを撮ってもらった。私は写真を撮るのは好きだが撮られるのは好きではない。ただしマラソンの時だけは別である。長く走っているので知り合いもずいぶんと多くなった。
多摩川クラブのHさんとツーショットをとり、多摩川クラブのグループチャットにアップする。つじかぜACのEさんともツーショット写真を撮る。つじかぜACの集合写真を撮ったが、こちらをつじかぜACのグループチャットにアップしたのはレース後になってしまった。勝田マラソンは多くの知り合いが参加していて、話をしたりしているうちにあっという間にスタート時刻が迫ってくる。トイレも無事すませ、Fブロックへ向かう。ウォーミングアップは一切なし。スタートラインまで5分ぐらいかかるので、その間がアップになる。
3.2 コース攻略作戦
勝田マラソンは「君よ勝田の風になれ!」というだけあって、風が強い場合が多いのが特徴である。朝の天気予報では最大風速8m/sで、こんなに強風ではまともに走れない。目標のサブ4ペースは、秒速ではおよそ2.94m/sである。相対的に正面からの風は10m/s以上であり目いっぱい抵抗となる。真後ろからは自分の体を通り過ぎてしまい追い風を受け止めきれない。強い風に対しては、なんとかして集団の中に入り直接風を受けないようにすることしか対応策はない。

風が北寄りの場合は、7kmあたりで折り返してから15kmまでの国道245号線が正面からの向かい風になる。この区間で多少遅くなってもよいので頑張らない。ここを過ぎればその後はおおむね横風か追い風なので何とかなる。
風が西寄りの場合は、15km過ぎから18kmぐらいまでと、最後の残り5kmから正面からの向かい風になる。この場合は15kmまで予定ペースで行き、西に進む18kmまでの3km間は集団の中で流れに沿って走り、左折してから自分のペースで走る。最後の5kmは根性で走る。
事前の作戦はこの程度で、最初の5kmで風向きと自分の調子がわかった段階で作戦を練り直す。
3.3 スタート
スタート地点にはDeNAベイスターズバウアー選手のユニフォーム姿のランナーが並んでいたので話しかける。バウアーは2020年にメジャーリーグのサイ・ヤング賞を受賞した投手で昨シーズン限りで退団した。近年投手は分業化され先発完投タイプは少ないなか、バウアーは完投するつもりで投球するので、私のような昭和の頃の野球も好きな人からは特に愛された。最初から飛ばしたりはせず、試合の前半は余裕を持って投球する。そしてピンチになったときや試合が終盤の勝負所になったときに初めて速い球を投げる。
これはマラソンにも通じると思う。30kmまでちゃんと走れてもそのあと失速したのでは失敗である。30kmぐらいまでは余裕を持って走り、そこからペースを上げていくのがマラソンである。調子のよかった日のバウアーの投球のような走りができればいいなと思う。号砲からスタートライン通過まで6分16秒かかった。
3.4 前半
勝田駅前を右折し、昨日訪れた国営ひたち海浜公園方向へ向かう。ほぼ真後ろからの追い風である。追い風でもペースは上げないよう注意し、キロ5分40秒を目安に走る。3kmで体は温まり、ちょっと暑い感じになったので被っていたビニールを脱ぐ。このあと向かい風で寒いかもしれないのでビニールは捨てずに短パンにはさんで走った。
5kmまでのラップタイムは以下の通り。
00-05km 5:47 5:33 5:35 5:36 5:40 28:11(-00:09)
カッコのなかは、キロ5分40秒ペースとの差で、-00:09とはそのペースより9秒早く5kmを通過したことを示す。私はキロ5分40秒での5km毎のラップタイム表をポケットに入れていて、5km地点のちょっと前に取り出して確認している。追い風とはいえ予定通りだ。しかしちょっときつい感じであった。
右折して南へ向かう。道路が狭く渋滞につかまりペースが落ちるが、ここで焦ってはいけない。流れに乗って7kmぐらいの折り返しまで我慢する。折り返したところの給水所は混雑していて減速を余儀なくされた。道幅は広くなり走りやすくなる。この先につじかぜACの応援団が待機している手はずになっている。
落ちてしまったペースを元に戻す。少し前につじかぜACのTシャツが見え、すぐに追いつく。Eさんだ。彼女は同じFブロックスタートだが、私よりずっと前の方からスタートしたようであった。Eさんのペースに合わせて減速し話しかける。
「もうじき応援団がいるので、そこまで一緒に走りましょう。」
でもあまり多くは話をしなかった。左からの横風が強い。彼女のキャップが飛ばされてしまう。
「先に行ってください。」
と彼女は言ったが、応援団までは一緒に走ろうと言った手前、ここで先に行ってしまうのは私らしくない。私は道路の端によけ、次々にランナーが来るところを逆走しキャップを拾って戻ってくる彼女を待った。時間にすれば10秒くらいかもしれないが、待つ間はとても長かった。
「応援団ののぼりが見えない。」
と私が言うと、
「私たちは遅いから、もう撤収して次の地点に移動したんだと思う。」
と彼女が答える。私もそんな感じがするが、もしそうだとするとどの段階で私が前に出ていってよいのか判断が難しくなる。
そうしているうちにつじかぜACの幟が見えてきた。よかった、まだ待ってくれていたんだ。応援団の声援をうけ笑顔で通過する。写真中央の青いTシャツNo.5623が私で、その右横のピンクのTシャツがEさんである。

5623は素数だ。今日は素数パワーも味方にして走りたい。応援団を通り過ぎ、私は彼女に一声かけ、サブ4ペースにもどして先に行かせてもらった。
9km通過地点では、5kmまでの貯金を使い果たしただけでなく、予定より遅れてしまっていることがわかったので、ちょっとペースをあげて10kmを目指した。9kmから10kmの間は5分30秒であった。
05-10km 5:38 5:53 5:43 5:49 5:30 56:43(+00:03)
10kmでは予定より3秒遅れだった。左からの横風は強いが、横からなのでそれほど走りにくくはない。15km過ぎからは向かい風になるので、横風区間で少しタイムを稼ごうと思い、5分30秒程度をキープする。

コース高低図にあるように13kmから14kmまで下り15kmまで登りになる。下りの間の5分26秒が今日の最速ラップであった。登りになってもペースは落とさないようにして、15km地点では43秒の貯金ができた。
10-15km 5:32 5:32 5:33 5:26 5:32 1:24:17(-00:43)
左折して上り坂で向かい風になる。この区間は道幅が狭く、サブ4ぐらいが目標のランナーは多いため、渋滞気味になる。これは計算済みで、集団に入って風をよけ流れに乗って18kmあたりで左折するまでじっとしている。多少タイムは落ちたがそのために貯金を作ったので、気にせずに走っていた。18kmで左折しふたたび横風になり、サブ4ペースに戻す。この間に多摩川クラブのYさんに追い越される。予定より32秒早く20kmを通過する。
15-20km 5:41 5:52 5:45 5:40 5:33 1:52:48(-00:32)
中間点は1時間59分ちょうどぐらいで通過した。後半は前半より2分遅れまでならサブ4である。
3.5 30kmまで
前半はタイムこそ予定通りだが、走りはあまりよくない。気温が低いからなのか体の動きが良くなく、エネルギー不足気味で、無理して走っているような感じである。キロ5分40秒はつらくはないが余裕がない。まだ設定どおりなのだから、このまま行けるところまでは行こうと思って走る。サブ4達成は五分五分といったところだ。
25km直前で左折し急な上りがある。そこは頑張って上った。頑張ってという感じは今日初めてだ。
20-25km 5:44 5:48 5:38 5:35 5:40 2:21:12(-00:28)
25kmから28kmぐらいはまではアップダウンはなく追い風で5分40秒で走れていた。左折して29kmまでは横風、29kmから30kmの少し手前までは正面からの向かい風になり、ここまでなんとか予定どおりに走ってきたが、大きくペースダウンしてしまったことが体感でよくわかる。29kmから30kmの間は6分近くかかってしまった。
25-30km 5:36 5:40 5:40 5:43 5:54 2:49:45(-00:15)
予定ペースに対し15秒しか貯金がない。
3.6 レース終盤からゴールまで
貯金が15秒しかないと考えるか、まだ15秒も貯金があると考えるか。これはどちらがポジティブ思考かということではない。その時の体の感覚でどちらになるか決まるのである。キロ5分40秒で30kmは2時間50分であることはラップ表を見なくても覚えている。そしてキロ5分41秒ならサブ4なので、ここで15秒の貯金というのは、実際は1分の貯金がある。12kmで1分だから1kmで5秒、つまり残りをキロ5分45秒で走ることができればサブ4である。この時は瞬時にこの計算ができたので、まだ頭に回せる糖分は残っていたのだろう。そしてこの瞬間に、サブ4は無理だと諦めた。
しかし
「諦めたらそこで試合終了だよ。」
というスラムダンクの有名なセリフを思い出し、なんとかキロ5分45秒で走ろうとするが、それも31kmまでの1kmだけで、その後は6分近くになってしまう。残り10kmぐらいでサブ4は完全に諦めざるを得ず、次につじかぜ応援団が待つ35km地点まではちゃんと走ろうと次の目標に切り替える。つじかぜ応援団に事前に伝えてある時刻は昨年のタイムと同じと仮定して13時59分40秒としていた。そのため14時までは待っていてくれる約束だった。14時前には35kmを通過できそうだ。その先のことは考えず、35kmまでは頑張ろうと必死になる。
35kmの応援団の幟が、右折した直後の進行方向左側に見える。応援団に近寄るが気が付いてもらえない。5kmの時はつじかぜTシャツのEさんと並走していたので気が付いてもらえたが、私一人ではわからなくても仕方がない。減速してこちらから声をかけた。
35kmの通貨時刻は13時56分30秒ぐらいだった。14時前に時間的には余裕を持って通過できてほっとするとともに、これだったら松のサブ4はとうに諦めていたが、昨年のタイムである竹の4時間6分8秒は十分達成可能であると考えた。応援団から力をもらったこともあって、再度やる気をだして計算する。
キロ5分40秒ペースから約2分遅れているが、4時間6分には4分貯金がある。残り7kmで4分は、キロ当たり30秒遅れても3.5分だから間に合う。つまり5分40秒+30秒=6分10秒でいけば30秒の余裕があり、その30秒も加えれば6分14秒ペースでよい。35kmからはキロ6分14秒ペースを目指してもがき苦しみながら走った。
南に向かって走っている間はなんとかこのペースで走れたが、右折し勝田駅に向かう大通りになると正面から西風を受けアップダウンもあり、38kmからはさらに大幅に失速してしまう。40km通過時点では脳に糖分がなくなったようで正確に計算できなくなっていたが、竹目標の4時間6分まで14分ぐらいだからこのままのペースで頑張ればぎりぎり竹目標を達成できるとおぼろげに思った記憶がある。
35-40km 6:18 6:11 6:12 6:31 6:35 3:52:02(+05:22)
しかし40kmでは、完全にエネルギー切れ状態だった。ジェルは4個もってスタートしたが、手がかじかんでいてポケットからうまく取り出せず、結局2個しかとらなかった。カロリーメイトのような固形物も持っていたが食べなかった。途中で受け取ったチョコレートなどもポケットに投げ込んだままである。立ち止まって補給することも考えたが、一度止まるともう走り出せない気がして、ここまでキャップを拾いに戻ったEさんを待った時以外、一度も止まったり歩いたりしていない。このまま最後まで行けると思ったが甘かった。気温が低いのでいつも以上にエネルギーを使ってしまったのかもしれない。
勝田駅前で最後に左折する交差点が近づいてくる。左折すれば向かい風ではなくなる。最後の踏ん張りだ。そう思った瞬間、右足ふともも付け根の内側、内転筋のあたりが痙攣し始める。ああだめだ。前には進んでいるがほとんど止まりそうだ。ここでとまったらもう走れない。どんなに遅くなっても走り続けるしかない。もうこの段階で松だとか竹のタイムの目標は消え失せたが、それでも4歳の孫と一緒に走る時のスピードで走り続けることができれば、梅目標の4時間9分22秒(昨年のタイム)は上回れる。
勝田駅から会場までの1kmはとてつもなく長かった。次々と抜かれていく。前を走っているスタートでお会いしたバウアーのユニフォーム姿のランナーもかなりゆっくりに見えるが、とうてい追いつけない。最後に左折して会場に入る。どんなに失速したとしても、フルマラソンの完走には達成感がある。無事フィニッシュラインを通過し、フルマラソンの完走は80回となった。
40-42.195km 6:54 7:04 1:26
ネットタイムは4時間07分25秒だった。
3.7 レース後
走り終えてつじかぜACの陣地に戻る。もう皆帰ってしまった後で、着替えたあとシートをかたづけ、戻ってきた応援団に渡し、
「おかげさまで、昨年より速く走れました。」
と応援のお礼をする。多摩川クラブの方々は応援Naviを見てくれていて、後日打ち上げの会場で
「バリーさんは意外と速い。」
と話題になったそうだ。褒められたのかどうかよくわからないが、私の過去を知らない新しいメンバーからすれば、ペース走練習会でキロ6分24秒で走っている私の姿から、まさか本番を4時間ちょっとで走るとは思っていなかったのだろう。
達成感だけでなく疲労感も大きく、水戸駅まで電車で戻り駅で軽く食事をして、もう少し食べ物を買い込んでホテルに帰る。コインランドリーで洗濯しあとはどこにも行かずにホテルの部屋でゆっくりし、明日の観光に備えた。
4.翌日観光
マラソン翌日は水戸駅のコインロッカーに荷物を預け、勝田駅までJRで移動する。ローカル路線のひたちなか海浜鉄道に乗って終点の阿字ヶ浦駅まで行く。電車勝田を出たときは高校生などで座席はほぼ一杯だった。みな途中の駅で降り、最後は私一人だけになった。
観光ガイドによると阿字ヶ浦駅の近くに「ほしいも神社」がある。立ち寄ってみたが、無理やり観光地に仕立てたような神社だった。ご利益は「ホシイモのは、総て手に入る」とのことだ。ご利益があるようには見えずとても寒いので、お参りせずに最初の目的地へ向かう。
少し歩いて、最初の目的地である「酒列磯前(さかつらいそさき)神社」に着く。ガイドブックに紹介されていた参道の樹木は確かに見ごたえがある。月曜日の寒い朝だからなのか人影もない。手がかじかんでいて躊躇したが、がんばって望遠レンズに交換して撮影した。信仰心が全くない私ではあるが、一応お参りもした。
酒列磯前神社から階段で降り、海岸沿いの道に出る。晴れてきて寒さが和らいでくる。風はほとんどない。今シーズンのマラソン遠征は2回目で、最初の群馬マラソンは当日は風雨にさらされ厳しかった。しかし翌日は観光日和だった。この勝田マラソンも今日のような天候ならあと3分速く走れたのになと思いながら、那珂湊に向かって歩く。こんなところは誰もいないかと思ったが、ちゃんとした歩道が整備されていてウォーキングをしている人に20分に1回程度すれ違った。
ここの見どころは海である。海岸沿いに現れている平磯白亜紀層を見ながらこの道を歩くのが、今日の観光のハイライトだ。勝田マラソンには何度か参加しているがまだ来たことがなく、今年で勝田は卒業するつもりなので、今年ぜひとも来ようと思っていたのである。
「平磯」は地名である。「白亜紀」とは約1億4550万年前から6550万年前までの約8000万年間のことをさす。ティラノサウルスをはじめとする恐竜の時代で、地球はとても温暖だった。現在人類は地球温暖化で海面が2mも上昇するのを防ぐため温暖化を阻止しようとしているのであるが、白亜紀は極地にも氷がないほど温暖で、現在より海面は120mも高かったとものの本には書いてある。そして6550万年前に巨大隕石が地球と衝突して気候が激変し、恐竜は絶滅したという説が一般的である。
この白亜紀時代の海底がひたちなかの海岸で見られるのだから、なんとしても海岸沿いを見て歩きたかった。そのためにもう一度勝田マラソンを走ったといっても過言ではない。歩き続け那珂湊に到着する。月曜日なのに人混みだ。おさかな市場をぶらぶらし、目についたお店に入る。
勝田マラソンの目標のうち松はサブ4で達成できず、梅目標の4時間9分22秒(昨年のタイム)をかろうじて達成できただけだった。松目標達成ならご褒美は「お刺身定食の松」にするが、結果は梅だったので「お刺身定食の梅」で我慢する。と思いもしたが、那珂湊まで来ることはこの先ないかもしれないし、フルマラソン完走が80回に到達したのだからと思いなおし、メニューの中で時価を除きいちばん高い「お刺身定食の松(3,200円)」にした。
じっくり味わってお刺身を食べる。3,200円には税込みとか税別と書いていないので総額が3,200円なのだ。つまりこのお店は免税事業者なので、消費税が減税されると苦しくなるかもしれない。と、なんともつまらないことを考えてしまう。そう季節は衆議院議員選挙と確定申告の目前なのである。
贅沢な昼食を終え再び歩き始める。赤い橋を渡って大洗町に入りアクアワールド大洗水族館に到着。チケットを購入して中に入る。かなり疲れが出てきて、入館後すぐに自動販売機で飲み物を購入しベンチに腰を下ろす。近頃はフルマラソンを走った後とても疲れを感じるようになった。疲れるのが当たり前なのかもしれないが、これも歳のせいだと思う。館内のイベントの時間を確かめ、しばらく休憩する。
アクアワールドのメインイベントはオーシャンライブ。中央の上の方に席をとり望遠レンズに交換し露出プログラムを絞り優先からシャッター優先に変えシャッタースピードは1/800秒にする。
もうこれ以上自分の脚で歩くのは難しい。軟弱な奴と思われるのを覚悟でバスに乗り大洗磯崎神社下に移動する。徒歩とバスで移動する日本人観光客はいない。中国人観光客だけが私と一緒にバスに乗りここでバスから降りた。
さっそく波打ち際に行く。寒いだけで風はなく海はとても穏やかで、迫力ある風景ではなかった。長い階段を登り神社にお参りする。同じ日に酒列磯前神社と大洗磯崎神社の両方にお参りするという目的も達成できた。
約1時間後に来た次のバスに乗り大洗駅に着く。これで今日の観光は終わり。もう日は落ちている。ほぼ一日歩き続け、マラソン後のリカバリーとしては十分であろう。「ようこそ大洗駅へ」の看板に「さようなら」と声をかけ、鹿島臨海鉄道で水戸駅に向かった。
水戸まで電車の中で、特急ひたち号の指定席券を購入する。スマホで切符が買えるようになり、ずいぶん便利になった。水戸駅でお弁当を買い特急に乗る。次の停車駅は上野である。
(了)