1. はじめに

 2025年11月3日に開催された群馬マラソンに参加した。

 左膝に水が溜まっている状態で走れるのかどうか不安であったが、30kmまでは快調に走れた。

 しかし30kmを過ぎると遅れだし、35km以降は雨は降ってくるし風も出てきて、左膝も痛くなった。それでも4時間は切れそうだと無理やり頑張り、ぎりぎりサブ4を達成できた。そこまではよかったがゴールした直後から歩けなくなった。

 ゴール後、一度聴いてみたかったシクラメンのライブがあり、歌を聞いて気持ちだけは元気を取り戻した。

 今回も前日と翌日は近隣を観光し、思い出に残る遠征になった。

完走証
完走証

 

2.前日観光
2.1 あしかがフラワーパーク

 いろいろと悩ましい問題が積み重なっているが、ここから3日間はオフだと自分に言い聞かせて出発する。品川駅から小山駅経由あしかがフラワーパーク駅まで電車で移動。10時過ぎには到着し駅前のコインロッカーにキャリーケースを預けようとしたが手元に100円玉がない。脇にあった自動販売機で缶コーヒーを買ってお釣りをもらおうとしたが新札の1,000円札は使えない。財布に1枚だけあった旧1,000円札で購入し、お釣りで荷物を預けた。

あしかがフラワーパーク駅
あしかがフラワーパーク駅
フラワーパーク入口
フラワーパーク入口
入ったところ
入ったところ

 あしかがフラワーパークは売店の先が入り口になっていた。園内には花々が待ち構えていている。まず標準ズームレンズで一周して写真を撮り、佐野ラーメンを食べてから望遠レンズに交換してもう一周写真を撮って回った。

 花はきれいだった。しかし夜のライトアップ用の電飾が邪魔であった。園内は三連休の初日なのに人はまばら。夜がメインなのかもしれない。あまり長居しても仕方がなく電車で足利に移動した。

2.2 足利へ

 足利駅で、まずキャリーケースをコインロッカーに預けようとしたが100円玉専用である。駅の自動販売機でお釣りをもらおうとしても新札の1,000円札しか持っていないので使えない。駅の人に頼んでも両替は出来ないという。仕方がないので駅前を見回し、目に入ったはなまるうどんへ入っておやつにうどんを食べてお釣りをもらい、その駐車場にあった自動販売機は新札も使えたので飲み物も購入し、ようやく100円玉を5枚そろえコインロッカーに荷物を預けて身軽になれた。東京近郊の街なのに新しいお札が使えないことは、ちょっとしたカルチャーショックであった。

物外軒
物外軒

 晴れていたが雲も多く渡良瀬橋で夕日が見られるかどうかはわからないが、まず渡良瀬橋の歌詞に出てくる床屋へ向かう。途中に足利市指定文化財(建造物)国登録記念物(名勝地)の「物外軒」があり、ちょっと中に入ってみた。

 道に迷ってちょっと時間がかかり床屋さんに到着する。床屋さんは廃業したのかという感じもする。床屋の角にポツンとある公衆電話に10円玉を入れ自分の携帯へダイヤルしたが、かからなかった。

公衆電話
公衆電話

 このあと渡良瀬橋近くの河原に向かう。

2.3 夕日を見に渡良瀬橋へ 

 渡良瀬橋の近くで夕日を待ったが雲に邪魔されていい風景には出会えず。残念だが夕焼け空だけ撮影する。

渡良瀬橋と夕焼け
渡良瀬橋と夕焼け

 最初に渡良瀬橋を見に来たのは2024年1月の勝田マラソン翌日に立ち寄ったときで、とてもきれいな夕日を見ることができた。その時の写真は「渡良瀬橋でみた夕日」勝田マラソン完走記にある。

 足利駅から高崎駅まで両毛線で移動した。乗ってすぐに寝てしまう。夕食はコンビニ弁当で済ませ明日の準備をして早々に寝ようとしたが、持ってきた本を読んですこし遅くなった。

3.群馬マラソン
3.1 シャトルバスで会場へ

 寝覚めはよく6時10分ごろに東横インの1階に降りる。すぐにチェックアウトしキャリーケースを預ける。自分でワイヤーを止める方式を初めて体験する。朝食の列の3番目に並び6時20分に食べ始める。食べ終わってすぐに高崎駅前の送迎バス乗り場に向かう。バスの時刻は6時45分から。3台目に乗る。

 バスの窓の外にはごく小さく虹がかかっていた。私はなんでも撮ろうとする癖があり、スマホを取り出して写真を取ろうとしたがバスが揺れてうまく行かない。多くの乗客は虹に気が付いていないようだが、隣に座っている人は私と一緒に虹をみている。そして私に話しかける。
 「フルマラソンは何回目ですか?」
 「今日完走すれば79回目です。」
 「それはすごいですね。」
何回目と聞いてくるので、きっと同じことを話したいのだろう。
 「あなたは何回目ですか?」
 「初めてなんです。」
 「だったら今緊張しているでしょ。」
などと話す。20kmまでしか走ったことがないが24kmのトレイルには出たことがあるとのことで、それなら平地の42kmは走れます

と話す。
 「今日はマラソンを走るには絶好の気候で、こんなにいい日は10回に1回ぐらい。でも雨や風が出てくるかもしれない。」
と私が話す。この時点の天候はマラソンにはベストコンディションだった。30分ぐらいでバスは到着し10分ぐらい歩いて会場に入る。

3.2 大会会場にて 

 会場の雰囲気は私が参加した大会の中では大田原マラソンに近く、大田原を少し派手にした感じで地方都市のマラソン大会らしくてよい。陸上競技場のトイレには並ばずに入れた。スパイラルテーピング協会のブースで網目のテープを貼ってもらった。これで効果があるとは思えないが、膝に不安があるのでなんでもやってみようとしたのである。

虹
バスから見えた虹
会場入り口
会場入り口
テープ
網目のテープ

 受付会場のサブトラックへ行き参加賞を受け取る。この方式は以前は標準的であったが今では珍しい。まだ時間があったのでブースを回り写真をとったり、血管年齢を計測して68歳と言われたり、くじ引きしたり、野菜をもう少し食べた方がいいと診断されたりした。

 写真は目標タイムではなく今日の日付を入れた。荷物預けもサブトラックにあり荷物はテントの中に係の人が並べる方法であった。つくばマラソンのように自分でグラウンドに置く方式ではない。これは当たり前かもしれないが自分で置くより良い。

 もう一度陸上競技場のトイレに行きスタートブロックに向かう。途中に公園がありトイレには誰も並んでいなかったので念のためもう一度立ち寄った。この大会はトイレ行列をしなくて済んだ。これも特筆できる点である。

3.3 スタート

 私はなぜかSブロックであったが、どう考えても今日の膝では先頭のブロックスタートは危険だと考え、Sブロックの最後尾の縁石にあがってスタートを待つ。スタートしても縁石に乗ったままAブロックの選手が通過していくのを見送っているとDeNAベイスターズ石井琢朗のユニフォームを着たおじさんがきたので歩道に降り走り出した。すぐにスタートラインを超えロスタイムは1分ぐらいのようだった。その石井琢朗背番号5の方と、
 「たくろうが退団するのは残念だが体調も悪いようなので仕方ないと思う。」
などと話した。このレースの直後に読売の2軍監督になると発表されるとは夢にも思っていない。

コースマップ
コースマップ(公式HPより)

 走り出してみて、膝は違和感はあるが痛いという感じではなかった。この程度で最後まで持ってほしい。ペースは意識しなかったが1kmのラップタイムがちょうどサブ4ペースなのでそのまま流れに乗る。
 背中にSブロックのゼッケンをつけた選手を何人も追い越す。陸連登録選手は全員Sブロックスタートのようである。以前は陸連登録していれば前からスタートできた。そのころにタイムスリップしたように感じる。今はルールが変わって一般ランナーと同様申告タイムによってブロック分けされる。
 今日は久々に一番前のブロックから出てもよかったかもしれない。でもサブ4ペースでスタートできたので問題なく、これ以上速いとちょっと危険である。

3.4 膝の状態
3.4.1 膝を痛めたとき

 大会2週間前の10月19日日曜日、ここまで順調に調整してきた私は多摩川クラブのペース走練習会に参加した。練習前にトラックレースの表彰状を受け取る。

表彰状
表彰状

 練習ではキロ6分グループに入る。フルマラソン2週間前で、しかも13時から東京羽田ヴィッキーズ(女子バスケットボールプレミアリーグ)の試合があるので20kmでやめて急いで引き上げた。ヴィッキーズは格上の相手であるアイシンに勝利した。大金星で大田区総合体育館は湧きあがりとても嬉しかったけれど、やはり自分で走った一等賞のほうが嬉しいのはいうまでもない。

 この練習の翌日から、少し左脚の膝の裏からハムストリングスが痛み出し太ももの外側も痛い。この感じの痛み方は初めての経験である。いつも見てくれている理学療法士さんにもうじき左脚の腸脛靭帯炎になりそうなので注意するように言われていたのだが、その予告通りなのかもしれない。思い当たることといえば、20kmの練習で本番で履こうと思っている新しいシューズを試したことだけである。短い距離やトレッドミルで履いてみてはいたが一度長い距離で履いてみようと試したのである。日に日に膝は痛くなってくる。

3.4.2 整形外科での診断

 大会一週間前の10月26日雨天の中、月例川崎マラソンに参加した。1km走ると体が温まり膝の痛みは薄らぎ、3kmをサブ4ペースで走っている間は特に膝に問題はなかったが、安全第一ということでそこでやめ、5kmと10kmはパスした。

 大会6日前の10月28日に六十肩のリハビリのため整形外科へ向かった。この日はMLBのワールドシリーズでドジャース大谷翔平が9打席4打数4安打本塁打2二塁打2申告敬遠4四球1という聞いたことのない記録を作った日である。理学療法士さんには肩はほぼ良くなったが左膝が痛くなったと話し、膝から触ってもらったところ水が溜まっているという。大谷翔平の記録とは比べられないほどの衝撃を私は受けた。

 リハビリ後に診察を受ける。超音波エコーの画面を見せられながら左膝の外から押されると動く黒い部分があり、これが水であると説明を受けた。5~10ccほどの水が溜まっていた。水を抜けるかどうかやってみるかと聞かれお願いしたが、針を刺して抜こうとしても抜けなかった。そのかわりにその部位にヒアルロン酸の注射をしてくれた。この整形外科に通うようになってから左膝を痛めたのは初めてのことで、注射後に念のためレントゲン写真を取り確認したほうが良いというので、こちらもお願いした。レントゲン画像の説明では、もともと悪い右膝と同じように加齢によりすり減って来ているが特に悪いという状態でもないとのことで少し安心した。

3.4.3 膝が悪くても出走決意

 医師より「次の大会はいつ?」と聞かれ、「11月3日の群馬マラソンです。」と答える。先生は「群馬を走る患者さんは3人ぐらいいる。」と話す。さすがスポーツ整形外科であり、大会前に診察を受けに来るランナーが多い。

 先生は私がこの状態でフルマラソンを走ることは容認し、「走って痛くなったらすぐ来るように。」とのことで、安静にしなさいとは言われなかった。短い距離のジョグならともかく、フルマラソンの大会を走るのは本当は良くないと先生は思っているのだろう。私だってそう思っている。しかし私に大会に出てはダメと言ったところで素直に従わずに結局走ってしまうことを先生はよく知っている。

 膝に水が溜まったのは初めてだ。膝に水がある状態でフルマラソンを走るとどうなるか試すのにちょうどよい。私はこのように考えるのである。ヒアルロン酸は肩にはあまり効かなかったが、過去の経験上膝には効果的なので、すこしでもよくなることを期待している。

3.4.4 目標設定

 整形外科に行った翌日の10月29日に膝の様子を確かめるため少しだけジョグした。感触としてはキロ7分ぐらいなら42km走れそうである。群馬マラソンの目標は次のように決めた。
 松:5時間16分(自己ワースト以内)
 竹:完走(制限時間6時間以内)
 梅:第6関門(27.3km)でリタイヤ
 蕾:第2関門(11.3km)でリタイヤ

 2日前の11月1日に最終調整のため5kmをゆっくりとキロ6分30秒ぐらいのペースで走った。左膝はよくなってきている感じもしたが3kmぐらいで怪しくなった。本番はせめて5kmぐらいまではまともに走りたいと思う。

3.5 レース序盤

 途中リタイヤでもかまわないとスタートしたが、サブ4ペースで入れたので膝が悪化するまでの間はサブ4ペースで走ろうと気持ちを新たにして走り続ける。4.5km付近にごく短い距離の対面走行区間がある。ここで前を行くJさんを見つけ、「Jさん」と2回叫び気が付いてもらえる。

 Jさんは多摩川クラブの先輩で私は師と仰いでいる。多摩川クラブに入った20年ぐらい前、遅い私に付き合って何度も一緒に走ってくださった。今の私があるのはJさんのおかげといってよい。私より少し年上で私より少し速い。Jさんも群馬に出走することは事前に知っていたが、呼吸器の病気で走れなくなったと聞いていたのでどうなのか心配していた。Jさんも陸連登録で私より前方からスタートしたようだ。なんとか追いついてご挨拶したいと思った。

 スタート 0:56
 00-05km 5:42.7 5:43.6 5:31.9 5:35.9 5:44.3

 折り返してからは下り坂になり、後のことは考えずキロ5分20秒ぐらいまでペースを上げた。わりとすぐにJさんに追いつく。
 「走っても大丈夫なんですか?」
 「私の病気は、走っても走らなくても発作が起こるというので無理せず走っている。」
 「Jさんが走っている姿をみて安心しました。」
そういって私は前に出る。

3.6 中間点まで

 10km過ぎからはアップダウンがありサブ4ペースまで落ちる。15kmからはずっと緩い下り坂で実に快調に走れる。後ろにいるはずのJさんにいいところを見せようという心理も働いている。Jさんには一度エイドで抜かれたが、その後のエイドで今度は私が抜き返した。

 05-10km 5:22.7 5:15.8 5:21.8 -:–.- 11:08(9km地点見落とし)
 10-15km 5:37.4 5:40.4 5:31.4 -:–.- 10:40(14km地点見落とし)
 15-20km 5:17.2 5:34.9 5:22.9 5:27.6 5:42.3
 中間点 グロス1時間56分57秒 ネット1時間56分01秒

 膝は違和感はあっても痛むことはない。中間点ではサブ4に4分余裕があり後半が前半より8分遅くなってもサブ4だ。これならサブ4の可能性もあるのではと思う。

3.7 30kmまで

 なぜこんなに調子よく走れるのか不思議であった。その理由は、まず第一に天候がベストコンディションであること、それにもまして体調が良いためであろう。膝を痛めた2週間前の20km走以降はほとんど走っていない。これで意図しなかったがピーキングができたことが大きいと思う。また夏からは1500mと5000mのトラックレース用にスピード練習も積んだことが功を奏していると思う。膝に不安がなければ3時間50分切りだってできる体調だと感じる。30kmまではずっと緩やかな下りで、私としてはハイペースでラップを刻んでいった。

 20-25km -:–.-  10:31 5:35.8 5:39.1 5:28.7(21km地点見落とし)
 25-30km 5:25.7 5:24.9 5:26.1 5:31.8 5:31.3

3.8 レ-ス終盤35kmまで

 30kmを過ぎて緩い上り坂になっても調子は落ちない。しかし残念なことに31.2km地点でランナーストップで止められてしまう。その間にジェルを補給する。待っている間にJさんが私に追いつく。止まっていたのは30秒ぐらいなので、Jさんもかなりよいペースで走っていることがわかった。ご挨拶して先に行かせていただく。サブ4ぎりぎりのペースであればこの30秒が致命傷になるところだが、タイムには余裕があり問 題ない。しかしここで止まったあと左膝が痛み出しペースが落ちる。

 30-35km 5:25.3 6:04.2 5:33.3 5:47.7 5:36.8(31.2km地点でランナーストップに止められる)

 35km通過はネットで3時間13分20秒ぐらいで、4時間まで46分40秒ある。残り7.2kmをキロ6分で走れれば、43分ぐらいなので3分残せる。膝が持ってさえくれればキロ6分で走れそうだ。計算もできるので、エネルギー切れの心配もほとんどない。

3.9 天候悪化の40kmまで

 35kmを過ぎてから想定外のことが起こる。雨が降ってきたのだ。それも結構強い。真正面から風も受ける。36kmあたりから川のそばを走るようになり、電車や道路の下をくぐるときの上りでは止まりそうになる。36-37kmの間は6分以上かかってしまう。天気は悪くなる一方で膝も限界に近い。37-38km間にある上り坂では極端に遅くなってしまう。このままでは4時間ギリギリだ。右折して橋を渡る間だけ追い風になった38-39kmの間は6分で走れたがそのあとはまともに走れない。少し逆向きに戻り折り返して40kmにたどり着く。

 35-40km 5:43.8 6:05.8 6:20.0 6:01.5 6:16.0

 ネットで3時間43分16秒ぐらい。残り2.195kmをキロ7分で走れればぎりぎりだが間に合う。走り続けることができればサブ4だ。雨は上がり少し走りやすくなったが膝は限界を迎えた。サブ4の可能性がないのなら間違いなく歩いている。でもここまできて諦めるわけにはいかない。レース後に歩けなくなってもいいから残り2.195kmは走ろうと自分に言い聞かせる。ゴールが近づいてくる。

3.10 フィニッシュ

 陸上競技場に入る。ゴールにある計時盤はまだ3時間59分台だ。グロスでサブ4いける。必死になって前に進む。
 40-42.195km 6:43.0 -:–.- 8:25.1(42km地点はなかったようだった)
 グロス3時間59分48秒、ネット3時間58分52秒
サブ4達成。フィニッシュした瞬間から脚は動かなくなり膝も痛む。足を引きずって補助陸上競技場に向かい荷物を受け取る。着替える前に記念写真を撮ってもらう。

 脚や膝は限界を超えていたが、気持ちが入っていたためか体はそれほど疲れた感じではなく、なによりサブ4で走れたという達成感に満ち溢れていた。いい顔で写っている。完走できれば良いという目標を大幅に上回る結果で、これでフルマラソン完走は79回となった。膝に少々水が溜まっていてもサブ4で走れることも実証できた。

3.11 レース後のステージ
3.11.1 SUIさん

 雨は上がりかなり時間をかけて屋外で着替える。足を引きずって陸上競技場の方へ歩いていくとステージがあった。ステージと言っても段差はなくロープで仕切られているだけである。SUIさんがギターの弾き語りをしていた。

SUIさん
SUIさん

 私は川崎国際駅伝のカメラマンを担当していて、駅伝の際にSUIさんともお会いしてお話したことがある。今日はフルマラソンに出場したはずであるが、そのあとステージとは恐れ入る。プロフィールには「歌い、走り、熱く生きる、シンガーソングランナー」とあり、現役のサブスリーランナーだ。

 

3.11.2 シクラメン登場

 そして次は私のお目当て「シクラメン」の登場である。まず群馬マラソン公式HPにあるシクラメンのプロフィールを引用する。

東京都大田区蒲田で結成されたポップグループ。聴けば聴くほど味が出る 「スルメサウンド」をテーマに、ストレートな歌詞と心のど真ん中に届くメロディーを歌う。笑いあり涙ありのライブは老若男女問わず、暖かい一体感を生み出している。
FM GUNMA「おつまみシクラジオ」を担当。ぐんまマラソン2025公式イメージソング「ありったけのエール」制作。

シクラメン
シクラメン

 そう、シクラメンは私の地元、東京都大田区蒲田のグループなのである。公式サイトのカバー写真は、私がいつも走る多摩川河川敷で撮影された写真だった。(注:現在は別の場所の写真になった)地元では有名アーティストだが、なぜ群馬マラソンのゲストなのかはわからない。

3.11.3 シクラメンと東京羽田ヴィッキーズ

 今日私が着て走ったのは、女子バスケWリーグ東京羽田ヴィッキーズNo.12本橋菜子選手のユニフォームである。Wリーグの試合中は攻撃側のチームの応援曲が流されるが、全試合ライブ配信されているため曲の著作権の関係で洋楽を使用するのは困難である。そのためオリジナル楽曲を使用するチームもあり、東京羽田ヴィッキーズはシクラメンが作曲した曲が流れる。選手には多くのシクラメンファンがいる。しかし私はまだ一度もライブを聞いたことがなかったので、群馬マラソンで聴くのをとても楽しみにしていた。

DEppaさん
近づいて来たDEppaさん

 聴いてみると実に良い。フルマラソン完走後の疲れ切った体に歌詞がしみこむ。天気雨が降ってくる。

 会場は盛り上がり、DEppaさんが観衆の間を踊り歌いながら歩き私に近づいてくる。

 

3.11.4 ユニフォームを掲げる

 私はリュックから汗まみれのヴィッキーズのユニフォームを取り出して掲げる。

 「おっ、ヴィッキーズ!」

 DEppaさんが叫ぶ。 マラソン大会でヴィッキーズのユニフォームを見てわかってもらえたのは初めてのことで、とても嬉しかった。シクラメンの作曲した楽曲がヴィッキーズの試合で流れるだけでなく、DEppaさんの奥様は元東京羽田ヴィッキーズ選手の秋元千那実さんなのだから反応してくれて当然ともいえる。彼女も私の推しの選手の一人で、以前はマラソン大会に行くときのリュックに本橋菜子さんと秋元千那実さんのサインが並んで入っていた。田中真美子さんと結婚した大谷翔平とかいう野球選手は羨ましいなと思うが、秋元千那実さんと結婚したDEppaさんはもっと羨ましい。

 シクラメンのステージを見て気持ちだけはすっかり元気を取り戻し、でも膝の痛みはだんだんきつくなり、足を引きずってシクラメンのブースへ行きCDを購入した。購入した群馬マラソン2025公式応援ソング「ありったけのエール」はいかにもべたな歌詞なのであるが、それがマラソンには実によく似合う。
 (歌詞はこちらを参照)

4.夜のあしかがフラワーパークへ

 シャトルバスで高崎駅まで戻りホテルで荷物を受けとり、今夜の宿泊地である足利へ向かう。足利駅近くのホテルに荷物を置く。このまま大浴場に向かいゆっくりしようという誘惑に打ち勝ち、すぐにカメラを持って足利駅まで戻り、電車であしかがフラワーパークへ向かう。

 あしかがフラワーパークは想像していた通り電飾が綺麗で、日中より人は多かった。しかし花は太陽のもとで見るほうがいいとつくづく感じ、膝が痛いこともあって早々に引き上げた。足利駅前には飲食店がなく、コンビニエンスストアのお弁当を購入してホテルに戻った。フルマラソンは結構疲れるものだと改めて思う。

5.翌日観光
5.1 無計画のまま出発

 群馬マラソン翌日観光は特に計画していなかった。昨晩ネットで調べ、わたらせ渓谷鉄道に乗り足尾銅山などを巡り日光の方まで足を伸ばして帰宅しようと考えた。でも朝起きるととても天気が良い。これなら渡良瀬橋で夕日を見られる。わたらせ渓谷鉄道に乗って出かけ夕方戻ってくることに予定を変更し、ホテルにキャリーケースを預ける。東武の足利市駅に向うため渡良瀬橋の隣の橋を渡る。

 足利市駅からまず東武伊勢崎線で太田という駅へ行き、東武桐生線で相老(あいおい)駅に着く。改札を出ずにわたらせ渓谷鉄道に乗り換えられるのであるが、足利市駅はSuicaで入場していてこの先Suicaは使えないので改札口に行って出場してから切符を買う必要がある。乗り換え時間があまりないので急いで切符を買いに行く途中で、これから乗るわたらせ渓谷鉄道の車両を撮影した。

 改札口で切符を買おうとして、行先を決めていないことに気が付く。ICカードならとりあえず乗車してから降車駅を決めることもできるが、切符ではそうもいかない。次の駅までの切符を買って乗り越ししようと思うが、次の駅まで買うのでは乗り越し作戦が見え透いてしまうと余計なことを考え、2つ先の「大間々駅」まで切符を買った。

5.2 大間々駅からスタート

 ずっと前から、「わたらせ渓谷鉄道」には一度乗ってみたかった。「トロッコ列車」に乗って景色を眺めながら移動するのはマラソンの翌日観光に最適と思う。左膝が痛く歩くのもつらい状態なのである。でもトロッコ列車は火曜日運休であることは昨晩調べてあり、普通の車両で通洞駅か間藤駅に行こうと考えていた。でも夕方渡良瀬橋に戻ることにしたので、途中の駅で降りて引き返そうと考え近くの駅までの切符を買った。一両編成の車両の中で大間々駅近くに何があるか調べ、「高津戸峡」という景勝地があるとのことで、大間々駅で降車した。渋い駅舎である。

大間々駅舎
大間々駅舎

 駅前に散策マップがあった。散策ルートに従って、ながめ公園から高津戸橋へ歩いていくことにする。

わたらせふるさと散策マップ
わたらせふるさと散策マップ
ながめ余興場
ながめ余興場

 ながめ公園の横にながめ余興場というところがあり、入口でここは何だろうと眺めていると受付の人が声をかけてくれたが、有料なので入らないで立ち去ろうとした。すると「この先歩くのもいいですよ」と言って、マップを渡してくれた。

高津戸峡周辺マップ

 マップを手に高津戸橋に向かう。すぐに赤い橋が見えてきた。
 空は晴れ渡っており、もうじき紅葉の季節を迎える景色が広がる。

赤い橋が見えてきた
赤い橋が見えてきた
5.3 高津戸峡へ
高津戸橋から渡良瀬川を覗く
高津戸橋から渡良瀬川を覗く

 高津戸橋を渡り高津戸峡遊歩道へ向かう。偶然訪れたのであるが、いいところに来たなと思う。渡良瀬川に沿って遊歩道を歩く。あまりの景色の良さに膝の痛みも和らいでくる。

高津戸峡遊歩道からの眺め
高津戸峡遊歩道からの眺め

 少しあるくとゴリラ岩との看板があり写真を撮る。その時はこの岩をゴリラというのは無理があると思ったのだが、実はインスタグラムにアップした写真とは逆側から見るとゴリラのように見えた。(写真は撮りそこなった)

 遊歩道の終わりのはねたき橋まで行き高津戸ダムに向かう。そのあと戻ってはねきた橋を渡りはねたき道了尊にお参りした。

はねたき橋
はねたき橋
高津戸ダム
高津戸ダム
はねたき道了尊
はねたき道了尊

 このまま大間々駅に向かうのはもったいないと思い、マップにある要害神社へ行ってみることにする。マップでは240m10分足元注意とあり、本当にとんでもない山道だった。そして到着した要害神社は、山道よりもっととんでもなかった。鳥居が倒れ朽ち果てている。神社の建物も、もう何年も人の手が入っていないようだった。

要害神社
要害神社の朽ち果てた鳥居

 神社仏閣にはよく行くが、こんな神社は初めてだ。これでは神様が可哀そうと思ったのも初めてだ。
 山道を下り要害山展望台に着く。風景を撮影し、要害山遊歩道を伝って高津戸峡遊歩道まで降り、再び高津戸橋まで戻った。

要害山展望台からの眺め
要害山展望台からの眺め
5.4 ふたたび足利へ

 お昼になりお腹も空いてきた。大間々駅に戻る途中で「トロッコ列車」が止まっていた。いつかは乗ってみたいと思うけれど、もうここに来ることはないだろうなと思う。
 大間々駅前には食堂のようなものはない。地図を見ると東武鉄道の赤城駅がすぐ近くにある。特急の終点駅なので、そこまでいけば昼食をとれると考え歩き続ける。

トロッコ列車
トロッコ列車

 残念なことに、赤城駅前にもなにもなく、東小泉行の電車に乗り太田駅で乗り換え、足利市駅に戻った。

赤城駅
赤城駅
足利駅構内
足利駅構内

 駅前の居酒屋さんがランチタイム営業をしていて、定食をいただく。まだ夕暮れまでには時間があるので、足利織姫神社へお参りに行く。脚と膝はもう限界に来ていたが、頑張って229段の石段を登る。

 振り返ると渡良瀬橋が見渡せる。

足利織姫神社から見る渡良瀬橋
足利織姫神社から見る渡良瀬橋
5.5 旅の終わりに

 渡良瀬橋の歌碑の近くまで行く頃には雲がかかってきて、夕日がみられるかどうか怪しくなってきた。そうしていると歌碑の前に車が止まり、掃除を始めた。
 私が話しかけると、 「以前は大勢人が集まっていたが、最近は少なくなった。」との返事があった。

歌碑の清掃
歌碑の清掃

 渡良瀬橋に夕日が沈むころに雲が晴れることはなかった。私の周りには数人カメラを構えて待っていたが、お互い苦笑いをしてその場を離れた。

残念な渡良瀬橋の夕日
残念な渡良瀬橋の夕日
6. おわりに

 天気ばかりはどうしようもない。これで膝に水をためて臨んだ2泊3日の群馬マラソン旅行は終了となった。渡良瀬橋の夕日は残念だったが2回も渡良瀬橋の近くに来ることができ、シクラメンのライブを聞くことができ、念願だったあしかがフラワーパークに2回も行くことができ、偶然巡り合えた高津戸峡も散策でき、なにより群馬マラソンをグロスサブ4を達成できて、満足度120%の旅行であった。

(了)

フルマラソン月間一歳刻みランキング
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投稿者

バリー

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